「はぁ……はァ……ひ、酷い目にあった……」
「いきなりこの雨はないよな……」
油断していた。そりゃそうだろう。朝には雲ひとつない青空が広がっていたのだから。天気予報を見なかったお前が悪い? それに関しては一理なしとはいえないが、それにしてもこの雨はない。
律子と二人、事務所まであと100mあるかないかというところまで来たところでいきなり降り出した雨、それももう、まさにバケツをひっくり返したようなという形容がぴったりとくる雨が一瞬に降り出してきたものだからたまったものじゃない。律子と二人、事務所まで転がり込んだ頃には二人とも完全にぬれねずみになっていた。
「と、とりあえず着替えた方がいい……」
いまだ上がったままの息を整えるまでもなく、律子にそう告げる。いくら夏場とはいえ、濡れたままでは風邪を引きかねない。この時期に風邪なんかひかれた日には、監督不行き届きというありがたい汚名を頂くことにもなりかねない。
「そ、そうですね……着替え、あったかなぁ……どうしたんですか?」
……ドキッとした。雨に濡れた律子のその姿に。
十分に水を吸ったシャツは律子の上半身に張り付いて、その下のブラジャーが見事に透けて見えている。前髪が額にはりつき、トレードマークのお下げからしたたる雨水までが、妙に色っぽく見えた。
「い、いや、なんでもない。とにかく早く着替えた方がいい。風邪でもひいたらやっかいだからな」
慌ててそうごまかす。そらした目が不自然に映らないようにと、ポケットに手を突っ込んでハンカチを探しているような素振りをしている自分が、なんとも情けない。
「そうですね。プロデューサーも随分濡れてるみたいだから、早く拭いた方がいいですよ? 着替えとかはあります?」
だというのに、律子はなおその場から動こうとしない。いい加減自分の無防備な姿に気づいてもらいたいものだが、安心しきっているのかまるで頓着する様子がない。心を許されていると考えればありがたいものだが、単純に気づいていないだけなら、気づいた時の反応が怖いというのが正直なところだ。
「俺のことはいいから。大丈夫、こう見えても頑丈に出来てるし、それに俺馬鹿だからそう簡単に風邪なんかひかないよ」
「何言ってるんですか、そんなの迷信ですよ。馬鹿だって風邪はひくんですから」
心配してくれるのはありがたい、ありがたいが、今の俺の望みはただ、律子に早く着替えてきて欲しい、それだけだった。
「そんなこと言ってると律子こそ風邪をひくぞ。だから早く着替えて来い」
「わ、わかりましたよ……」
少し不満げな表情で、それでもようやく律子が更衣室へと向かった。その背中に透けて見えるブラジャーの紐が、妙に艶かしく映る。
(……何を考えてるんだ、俺は……)
更衣室に律子が消えたのを見て、やっと息がつけた。雨で体が冷え切っているはずなのに、妙に顔が火照っている。
今までだって、例えばステージ衣装の律子や水着姿の律子を見て、どきどきしたことがなかったといえば嘘になる。
(不意打ちだったから、か……)
ただ、そういう時と違って、今日は不意打ちだった。いきなり目の前に突きつけられた強烈な「色気」、それに俺は不覚にもノックアウトされそうになった。プロデューサーとして、担当アイドルをそんな目で見てしまったことに対する自己嫌悪が沸き起こると同時に、改めて律子の魅力を認識して、それがなんだか少しだけうれしかった。
ちなみに、この後俺が馬鹿ではなかったらしいということが証明されたわけだが、それはまた、別のお話。







